[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
島根県立大学女子大生の惨殺の事件は結局犯人が見つかっていない。
今回の9分割でいろいろな事件を見ているうちに、気がついて再度検討してみる・・・と。
申し訳ありません。木星の逆行は見間違いでした。痛恨のミスだ。
すると加害者が木星である可能性もあるわけだ。
あっ!
すみません。私の勝手な推論ですので関係者の皆様で気分を害される方がおいでになりましたら申し訳ありません。解決にちょっとでも役立ちたいということでご容赦ください。
金星はオポジションやスクエアがない。水星が被害者でいいだろう。
すると、さそり15度付近だから9分割でもやはりさそりだ。つまり強姦殺人なのである。これは誰でも認めるところだろう。
では被害者からみて12ハウスを支配する太陽、被害者から見て第4ハウスを支配する木星、これはなんだろう?
実はこれは一言で言うと偉い人なのではないか?大学の教授とか、お医者さん。太陽も木星も顕職にある人を暗示しているように思える。
12ハウスには隠れた人、敵という意味があるが、医療という意味もあるのである。
第4ハウス支配ということで母親でなければ寮長さんみたいな人とか大屋さんみたいな人、住んでる建物の所有者とか。木星も9分割では魚に行く。象意としては12ハウスと重なる。
まさかりの部屋さんが集団拉致ではないかと推理しておられる。
http://www.geocities.jp/masakari5910/satsujinjiken13.html
これはこれで情報を集めてまとめておられるので尊重したいが、もし顔見知りの偉い人、たとえば大学の先生とかが、車で言いくるめたら、一人で拉致できるのではないか?
いや~、勉強不足ですよね。
調波も勉強したことないし、インド占星術もぱらぱら見てるだけだし、サビアンもやってないしね・・・
マイクロゾディアック、つまりサイン、細分割は必要なのだ。
しかも理論上必要だと私は思っている。
前にも書いたのですがサビアンをやってみようと思わないのは、360のばらばらの象意を作っても仕方がないと思うんですよ。詩人はそれでもいいかもしれないけど、それなら自分が霊能力を開発したほうがいいんじゃないかと。その360の象意の内的な関連って考えられるのだろうか?
全体を分割してしているのと同じ法則でもって細分割する必要がある。
調波もとりあえず見てみないと仕方がないかもしれないけど、多くの人はアスペクト、惑星に注目している。本当にそれでいいのか?サインで考える必要はないのか?
それで、なんとなく9分割のことをいろいろ考える。
男女関係は関係していると思う。9分割のときに火星と金星が重なったりするような気がする。
これはこれでいいでしょう。しかし、そういう思考の行き着く先は、では40度の倍数(360÷9で、9分割では合になる)のアスペクトに意味があるのか?というようなことになってしまう。
スクエアはスクエアのままだ。
またフィックスドサイン15度の惑星の位置は変わらない。20度はどうなのか?
・・・・しかし、追求の方向としてこれでいいのか。別のアスペクトの種類を作っているだけではないか?
ホラリーで月と惑星が10度のオーブがある。10日後に何か起こると予測する。そしてそれは大概起こるわけだが、そこで3つの分割サインを通過することになる。すると3日ごとにそこに至る過程は変わるのではないか。最初はたとえば蟹的なことがおこり、獅子的なことがおこって、乙女的な3日間の後に出来事がおきるのではないか?しかし、そのためにはそれが起こる経過がはっきりわかる事例を取り上げないといけない。
しかし、あれこれ考えるうちに、実は時間の経過、1日1年法で見たプログレッションのASCの移動が関係しているような気がしてきた。大体3年でひとつ過ぎるわけである。私の人生をここで暴露するのは堪忍してください。
だが、牡牛にあるときに愛情に関することが起こっていなかったか?双子にあるときに旅行や移動のことが起こっていなかったか?蟹にあるときに家庭のことが起こっていなかったか?獅子にある時会社で目立った立場にいなかったか?・・・と考えてみると、確かにそうだったような気がする。
コメントにあった2つめの質問。
いやなアスペクトがある、ということ。
これはとてもいやなことです。
先日冥王星と金星のアスペクトについてそういう質問がありました。
愛情の暴発ということで、性的な事故にまきこまれやすいといわれています。ただしその詳細はハウスやサインなど全体の状況を見てアドバイスをします。たとえばそれが第5ハウスなのか、第3ハウスなのかなどによってどこで何がどのように起こるのか、変わってきます。
本当は、金星と冥王星だったらどうなのかというのは、「見る」まではわからないのだと私は思っています。整合性の取れる方法で直接知るといったらいいのか。
一年のうち特定の時期には必ずそういうアスペクトが形成される。その人がみんな不幸になってたまるものですか。
ただ、それは・な・に・か・ではある。何かが、起こってみて、事件だったとかそういうことになるわけですが、本当は違う何かであったのかもしれない。事実は金星と冥王星がアスペクトがあった、ということだけです。
同じようないやなものに、太陽や月と天王星(往々にして浮気や離婚)、木星と天王星(人生のある時期の経済的な破綻)のようなものがあります。ですが、自分の人生に照らして、やっぱり当たってしまってるんだよなあ・・・
一方、ある場所で人に言われて、著名人、声優さんとか歌手とかそういうひとを見て、超売れっ子の声優さんにくっきりとTスクエアがあるのを見て、ちょっと考えが変わりました。一人二人じゃない、みんなあるんです。
有名な人、名をなす人は困難なアスペクトを持ってるんだ!捨てたもんじゃないな。
金星と冥王星の組み合わせは、超美人、スーパースター、そういう方面に出てくることもあるようです。
だから悪いばかりじゃない。
ただ事故には気をつけて。
ソフトウェアで9倍音を振ってしまうと全く別のホロスコープができてしまう。
その中で合になるもの、アスペクトを組むものと考えていると、何か意味がありそうな気はするのだが、わけがわからなくなってくる。
意味がありそうだというのは、偶然として片付けていいかどうかわからない、思いもよらないタイトな合が出てきたりするのである。
しかし、それはしばらく置いておいてもいいのではないか。
基本に戻れば、占断で重要なことは、それは森なのか、住宅なのか、刃物なのか、兄弟なのか、霧が晴れるように目の前に浮かび上がることである。だからまずサインであるべきなのだ。
たとえば、雄牛の8度に水星があったとしよう。
普通のチャートでは雄牛だが、9分割では魚である。だが本当は左の図のように小さな分割が与えられているだけなのだ。まず、この魚であるということに注目すべきなのだろうと思う。新しいホロスコープ内でのアスペクトやハウスの判断は少しおいておいて、表示星が水星とわかれば水星は牡牛であり魚である、と考えるべきなのだろう。
上の図をご覧になるとわかるように、実は9分割すると、たとえば火のサイン、牡羊のようなサインは、必ず火のカーディナルサインで始まって、中央に火のフィックスドサインがあり、火のミュータブルサインで終わっている。これは土でも風でも水でも、どのエレメントでも同じなのだ。つまり9分割は分割前のサインと必ず内的な関連性を残しているのである。そうであるならば、十二宮の分割がトロピカル方式だろうがサイドリアル方式だろうが、元の分割が正しいのなら、必ず有効な何かを示していなければならないのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そういう目で見ると、殺人事件の被害者、第8ハウスの支配星の9分割は、元のハウスが場所や背景を現しているのに比べて、なくなった状況、抵抗のある表現だが所謂殺され方を表しているように思える。
舞鶴は、魚で山羊だ。魚は川の近くだ。山羊は最初結果と考えて老人のことかと思ったのだが、土や木に覆われた状態かもしれない。
暴力的な行為や刃物で亡くなった人は牡羊であったり、水死体は蟹であったりしているような気がする。が、まだわからない。気をつけてみていくようにしよう。
昨日、おそらくご本人にとっては深刻と感じられる2つのコメントを頂戴しました。
最初のご質問、占星術と自分とのかかわりということです。
一言で言うと、素直であるべきだと思います。
素直ということは、自分の中の連想・思考と、先天的な自分というものがはっきり見えていて、連想・思考が先天的な自分を受け入れることができるということ。なんとかしてそういう状態になっておかなければならない。
人生の中で、悲惨な環境を味わったりする。あるいは、恐怖によって小さな嘘をつく。嘘をつくと嘘を隠すためにまた嘘をつく。ずっと嘘が重なってしまう。
あるいは虚栄心、おだてで生きることもできる。非常によく勉強ができる。高学歴で重要な役職につく。周りはそういう人物としてその人に接する。理性の限界に気が付いたときにはもうお爺さんだった。
対象が占星術であって小説であっても漫画であっても心理学であってもいい。自己可愛がり、同じところにいられるという安心感、そういう小さな感情が思考・連想を利用する。
ところがそういう状態とは対極に存在する心理状態が存在します。
素直である、嘘をつかないというのだけれど、怠惰であってはいけない。連想・思考以外に何が自分を突き動かすことができるのか。普通は自分を守るため、自己可愛がりのために使っているエネルギーを向け変えることができる。
人生の奴隷とならないで、人生の主人にならないといけない。
占星術が時間の無駄だと思うなら、しなければいいと思います。別に非難する必要はない。No, thanksといえばいいのです。
いま、恵まれた境遇にある人は、キリスト教徒なら、エルサレムに行ってきたらいい。まだやってないと思うことをやって満足したらいい。
・・・・・・・・
現実的な問題として術者の側からの問題もある。被術者も様々であり得る。
術者は、多分、いやなことを指摘しないといけない。被術者はそれを隠すこともできる。そこは非常につらい問題があります。
本当は司祭がする告解のように、それを聞くのは司祭だけで、決して漏れないという安心感を被術者に与える必要がある。だが、そんなこと、わかりはしません。誰か、3Tごときインターネットの占いを信用しなくても、これは当たり前です。
外部の人間からつらい過去を指摘される。気持ちのいいものではありません。
思い出すこと、話すことが重要です。
たとえば自分の年表を作ってみること。表を作って何年にどの学校に、どの会社にいた。結婚した。子供ができた。~~幼稚園に入った。そのときであった人はこういう人だった。家族で旅行にいった。喧嘩した。リストラされた。怖いことがあった。全部書き抜いて、部屋を暗くしてその時々のことを思い出すのです。どうなると思います?
そういうことをひっくるめて素直であることではないでしょうかね。多分。
12 | 2025/01 | 02 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | |||
5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |