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内実はそんなに楽でもありません。それから、昨期はそんなにありませんでしたし。
占いでボッタクリもしてないですよ。
ただ、占いは自分のやりたかったことかもしれないな、と思います。
結構いろいろな経験をしたと思う。
簡単に伝えられないことが沢山ある。本当は聖職者になりたかった。
普通に社会人として普通の経験をしてきた。セールスマンも経験した。起業もした。
一方内側では多分人様とは全然違うことを考えてきた。
おこがましいと言う人もあるかもしれないけど、無視できないほどその違いは大きい。
同じ占い師であっても、世界の神秘に気が付かない人もいると思う。
たとえば神と取引しようと思ったらそれはそれでできると思います。本を読んで手順を覚えて、ちょっとだけ世界の秘密を覗いて、いくらかで切り売りするということですね。でも、私の場合は、神様に対して、私は何も知りませんとはいえません。
しかし、占星術をやるまで、そういうことを人様に伝えたり、仕事として公開する場はなかったと思います。何かしら、これをやって、ご依頼いただいた方々が違う見方に気が付いていただくことができる。それは多分自分がやりたかったこと、やらないといけないことなのではないかと思います。
なんかいかがわしいことをやってるんじゃないか、と。
自分はどうであったか。
小さいときに、私は商人の生活を見ていない。農民であり、大工であった。
聖職者が有償でサービスをするということに抵抗があったと思う。
いま、自分の話す一部のことは過小評価されるべきものでないと分かっている。金で売れるようなものではないし、大々的に宣伝することでもない、自分自身が特に知識に対して金を取ろうとも考えていない。ずっとそうだ。
そうであるにも関わらず、多分販売すると言うのは正しい。
たとえばメドゥーサの目はお守り、みやげ物として売られている。ただの青いガラス玉で、アテネのモナスティラーキの駅のあたりにいっぱいあるみやげ物やで売ってる。ここに坊さんは関係していない。ギリシャの国家が認める聖職者が、聖成したりはしていない。そういうちゃんとしたお守り、十字架だとかイコンだとかそういうものは別にある。イコンは結構な値段しますよ。当然ですね。お仏壇だもんね。
しかし、みんなメドゥーサの目は喜んで買って帰る。
これはイカサマなのだろうか?
違う。なぜかというと、ガラス玉で教会が認めていなくても、みんな喜んで買うからである。
悪徳商法というのは、買う人の弱み、広い意味での恐れに付け込んでものを売ることである。
そうでなければ、実際の行為・商品がどんなにいい加減なものであったとしても、人は喜んで買っていく。
霊感のつぼであったとしても、300万のつぼを売りつける人が本当に大もうけしているとは考えられない。一個売っても次また霊感販売しなければならないから。そのうわさを聞きつけた人が、次にまた買うという行動を取ることが決してないからである。ずっとお客の恐怖や反感のようなネガティブな感情と闘い続けなければならない。
それよりは、適正な価格で作って、台湾の花蓮かどっかで販売している実直な業者さんのほうが、豊かにもなり、幸せにもなっていると思う。あそこの大理石のつぼはいい商品だ、といううわさが広まって、作れば次から勝手に人が買いに来るからである。
占いと名の付くものを目の敵にして否定しようとする人々。
「科学的には証明されていません」
「そのような統計結果はありません」
「母集団に偏りがあり得ます」
「母集団の数が少なすぎます」
ですが、やはりこういうことをいう人は信じてはいけないと思うようになりました。
それは、いわば偏りや偏見のない十分な母集団の調査データというものの信憑性の薄さです。
血液型や生まれた干支や生まれた日の星座に関して、十分な母集団からの信頼できるデータと言うのがあり得るのかどうか。
1000人のデータを集めるとします。一人で作業するのか。大変ですね。それにその一人の作業が公正に行われたかどうかがわからないから、誰かが証人に立つ必要がある。
どうやって1000人集めるのか。自発的に参加した人にするのか。すると自発的に参加しやすい人、という制限が加わる。謝礼を配るとする。1万円配るとすると1千万要る。一般人がおいそれと出せる金ではない。
するとそのような調査には必ずスポンサーが付くことになる。
では、男女のセックスについて、コンドームの会社がスポンサーになって調査する場合と、ローマ法王庁が調査する場合と、同じ調査結果が発表されるかどうか・・・多分違うのではないか。
病院や警察のデータですと比較的公正です。ですが、当然病人や犯罪者に限られる。
そのことを考えていて、似た経験を思い出します。
それは小泉改革による景気回復です。政府は株価だったり税収だったり、いろいろな数字を振りかざして景気が回復したと言う。しかし、周囲を見回したときに、誰もそんなに豊かになったように感じない。庶民が肌で感じる感じ方と、政府や学者さんがいうことが全くかみ合っていない。だが、庶民の感覚は作られた数字に対して反論することができない。ラビバトラさんが仰ってたことですが、事実は理論を葬り去れないのです。
自分が届かないもの、目の行き届かないほどの膨大なデータを論拠にしている主張、こういうものにはきっと嘘が含まれている。
だからまず身近な十人で確認しよう。
身近な十人のデータをノートをとってちゃんと洗い出しましょう。
その十人がいずれ二十人になり百人になる。
知恵袋などで、占い師になるにはどうしたらいいか、という質問がよくあります。
師匠に付いたらいいのか。習いに行けばよいのか。
そうですね。
よくお勉強されることではないでしょうか。
占いと言うけど、ほかのものの販売と同じだと思うのです。
昔私は販売というものにネガティブな考えを持っていたと思います。悪徳商法とかですね、世の中にいろいろありますね。
しかし、営業をいろいろやって、基本的には販売をして買ったお客様が喜んでおられるということが分かってから、ちょっと変わりました。
で、占星術自体も、私は中学校のときからやってるし、当たって当たり前だと思っていました。
仮に占星術で当たらなかったとしても、預言とか神通とかは修行すればできる人がいて当たり前と思っていました。そういう皆さんが本当に神に仕える皆さんで、占い師は神のおこぼれに与ってる程度の人間だと思ってました。犬も食卓から落ちるパンくずはいただきます、というやつですね。
しかし、公の場で他人さんを見て、当然のごとくに当たる。当たり前です。その私にとって当たり前のことをやっているのに、占われた方にとっては、新鮮な発見だった。ありがたいことであった。
それで、これはちゃんとしたサービスを提供しないといけないと思いました。
占い師なんて、その辺にごろごろいるかもしれないけれども、誰もが超人気の占い師に占ってもらえるわけではない。やるならちゃんと占わないと。
で、占いを勉強されたいという方ですが、私はノートをつけることをお勧めしたいと思います。大変ですけどね。今は私はAccessで作ったデータベースに記録を残しています。そこから読み取れること、判断の基準、ある一定の配置になったときにこうだ、と書いてあることを、ノートに書き写すのです。
そして、裏を取ること。ある程度霊感とか見る力があって、検証しなくても大丈夫だと言うのならともかく、普通は簡単に人は自分をだましてしまいます。自分でこういう判断を下したからといって、鵜呑みにせず、その後の事実でもって確認すること。
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