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このブログでもことあるごとに、現代の状況と平安時代の類似点について書いている。
まだ書いていないけれども外国に対する関係や意識、特に大陸や半島についても、とても似た状況のように思える。
地震や火山のことまで勘定にいれていなかったが、それすら時代の歩調を合わせるように起こっている。
貞観地震に相当する出来事が起こった。
だがいくらなんでも平安時代に原発はないだろう。
放射能汚染でたくさんの人が被害を受けたとか、それはないだろう・・・
・・・いや、ちょっとまてよ。
原発はないが、巨大プロジェクトやその失敗はあったかもしれない。
班田収受の法があって、全国からコメによる安定した税収がある。そんな時代は大化の改新以降明治維新までないのである。
江戸時代と言っても、大名による連邦国家ですからね。実用的・戦時用のものを除けば、そんなにでかいものは作られていない。
明治維新以前の日本の大プロジェクト・・・東大寺だ。奈良の大仏だ。
いろいろな点で具体的な数値が指摘できないのが申し訳ないが、大仏は銅を鋳造するときに水銀を溶かさなければならず、かなりの作業員が死んだはずだ。
大仏自体は、戦争のために作ったわけでもない、それはそれなりに真剣な、当時の国家事業だった。
これ、私はギリシャ人に見せたことがある。だが、自分でも説明に困った。
ギリシャ人はキリスト教を信じている。アヤソフィアは巨大なドーム、建築物だが、それは信仰に基づいた極めて実用的な建築物でもある。だが、奈良の大仏の当時人々がそんなに熱心に仏教を信仰していたかというと、多分そうでもないのである。
あなた、ばかばかしいと笑いますか?国を挙げてこんなドデカイ金の仏さんを作って、どうなるというのか?
だけど、考えようによってはこれこそまさに古代の原発ではないか?原発を作ってどれだけ得してるというの?
多分。
これは古代のことですから想像です。
多分誰も反対できなかったのだろうと思う。原発も誰も反対できない。
鑑真和上が日本においでになって「あなたの国にこんな仏様がありますか?」と聞かれて「さらになし」、つまりこんなばかげたもんなんかないよ、と仰った。だが、当時の日本人はみんな真剣だったのだ。
その他にも巨大事業が多分あって、たとえば出雲大社は創建当時100mの高さがあったといわれている。薬師寺や法隆寺なども大きなプロジェクトだったといえるだろう。
つまり、逆に言えば、豊富な木材があれば、どんな巨大な建物でも作れる、そういう古代の建築技術集団があったはずなのである。その人たちは、安定した朝廷の税収が続いて、自分たちはいくらでもでかいものを作れるという自信を持っていたのだろう。そして賄賂や根回しやいろいろなことがあったのではないだろうか。
他の時代から見れば、こんな馬鹿げたものにお金を使って何をやっているんだ?ということになる。
役所の連中は午前中だけ出勤していれば、午後は蹴鞠をして遊んでいられるはずだった。永遠に。
ところが国家財政が破綻し、大災害が起こる時期が来る。
皆さんは歴史の授業で鎌倉時代に作られた東大寺の南大門の天竺様という形式を覚えておいでだろう。その技術を使うと材木が少なくて済む。そういう話がでてくるのは、要するにそれだけの材料やらが調達できなくなった、財政や国家の基盤がゆらいだということなのだ。
あんまり日本人って進歩してないのかもしれない。
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